一時居住外国人の相続税:2021年改正でHR・企業担当者が押さえるべきポイント
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日本には毎年、数多くの外国人従業員が数年単位の赴任で派遣されています。エンジニア、経営幹部、研究者、コンサルタント――。本社主導で報酬パッケージが決まり、福利厚生は母国基準で設計される一方で、「もし赴任期間中にこの人が亡くなったら、母国の財産はどうなるのか」という問いは、ほとんど検討されません。
2021年より前は、この問いへの答えは実務上かなり不安定なものでした。複数の居住関連ルールが絡み合う結果、日本と何の関係もない母国財産が、特定の状況下では日本の相続税の課税対象に引き込まれる可能性があったのです。
2021年の税制改正は、この枠組みの中でも特に影響の大きかったギャップを解消しました。本記事では、何が変わったのか、誰が保護されるのか、そして企業の人事・グローバルモビリティ担当者が次の赴任パッケージを設計する前に理解しておくべきことを解説します。
この記事は一般的な情報提供を目的としており、個別の税務アドバイスではありません。 税制は改正されることがあり、赴任の形態も企業ごとに異なります。本記事の内容は2026年時点の情報で、国税庁の公表資料に基づいています。個別の判断については、日本の税理士および国際人事・モビリティの専門家にご確認ください。
「一時居住外国人」の定義
日本の相続税は、住所と国籍を主な基準として、相続人を無制限納税義務者(全世界財産に課税)または制限納税義務者(国内財産のみ課税)に区分します。この基本フレームワークの詳細は、姉妹記事「非居住者の日本相続税:無制限納税義務者・制限納税義務者と10年ルールを徹底解説」で解説しています。
このフレームワークの中に、日本に居住する外国籍の方向けの特定の特例があります。それが一時居住外国人です。
次の両方の要件を満たす場合、一時居住外国人に該当します。
- 別表第一の在留資格を有していること――出入国管理及び難民認定法の別表第一に定める在留資格(就労ビザ、留学ビザ、日本人の配偶者等ビザなど)が該当します。永住者・定住者などの別表第二の在留資格は対象外です。
- 相続開始前15年以内において、日本に住所を有していた期間の合計が10年以下であること。
両方の要件を満たす場合、その方は現在日本に居住していても、そうでない場合なら無制限納税義務者に該当しそうな状況であっても、制限納税義務者(国内財産のみ課税)として扱われます。
国税庁の根拠: No.4138 相続税の納税義務者について
この特例が設けられている理由は明確です。日本が優秀な外国人材にとって魅力的な赴任先であり続けるためです。この特例がなければ、数年の有期赴任のつもりで来日した外国人が、住所を取得した時点で全世界財産に課税される無制限納税義務者になってしまい、誰も好んで3〜5年の赴任を受け入れなくなってしまいます。
2021年改正で実際に変わったこと
一時居住外国人という区分自体は2021年より前から存在していました。2021年の改正が対応したのは、相続人側だけでなく被相続人側にも関わるギャップでした。
改正前のルールは、主に相続人(財産を受け取る側)の区分に焦点を当てていました。しかし、赴任のシナリオでは、もう一つ重要な問いがありました。「被相続人(亡くなった方)自身も一時居住外国人だった場合、その国外財産はどう扱われるのか」という問いです。
従来の制度では、相続人が保護要件を明確に満たさない場合や、被相続人と相続人それぞれの居住歴の組み合わせが曖昧な領域に該当する場合、被相続人の国外財産(母国の退職金口座・海外不動産・海外生命保険金など)が日本の課税対象財産に含まれてしまう構成が存在していました。
2021年の改正により、この除外規定が明確化・強化されました。
被相続人・相続人がともに一時居住外国人である場合、被相続人が国外に保有する財産は、日本の課税対象財産から完全に除外される。
これは大きな拡充です。つまり、夫婦ともに別表第一の在留資格を持ち、ともに過去15年で10年以下の日本居住という要件を満たしている外国人家族であれば、被相続人自身の居住歴の細かなニュアンスに関わらず、国外財産を配偶者や子どもに承継させても、その国外財産が日本の相続税の計算に一切含まれないということになります。
この改正が行われた背景
政策的な理由は明快です。日本は世界中から優秀な人材を獲得する競争にさらされており、母国財産に対する相続税リスクの不透明さは、多国籍企業が赴任者の処遇を設計するうえで実務上の摩擦要因となっていました。東京に4年間赴任する外国人幹部は、たまたま配偶者も日本に居住していたタイミングで自分が亡くなったからといって、自分の米国401(k)や英国年金が日本の相続税ルールの対象になるとは想定していません。今回の改正は、被相続人・相続人双方の居住状況について除外規定を明示的かつ対称的にすることで、この摩擦を取り除いています。
改正前後の比較
| シナリオ | 改正前の扱い | 改正後の扱い |
|---|---|---|
| 外国人従業員(別表第一・在日4年)が死亡、配偶者(同じく別表第一・在日4年)が相続 | 解釈によっては被相続人の国外財産が課税対象に含まれる可能性があり、扱いが不安定だった | 被相続人の国外財産は課税対象から除外 |
| 相続人は一時居住外国人だが、被相続人は永住者(別表第二)または長期の日本居住者 | 通常のルールが適用され、被相続人の全世界財産が課税対象財産に含まれる可能性 | 変更なし――除外規定は双方が一時居住外国人であることが要件 |
| 相続人が過去15年のうち日本居住10年を超えている | 通常の日本居住者(無制限納税義務者)として扱われる | 変更なし――改正は10年/15年の要件自体を拡張するものではない |
構造的なポイントはこうです。2021年の改正は、「誰が一時居住外国人に該当するか」という要件自体を変えたわけではありません。変わったのは、両当事者が一時居住外国人の要件を明確に満たす場合に、「被相続人の国外財産に何が起こるか」という部分です。
企業の人事・モビリティ担当者にとっての実務上の意味
外国人従業員を日本に赴任させる企業にとって、この改正は次の3つの実務課題に直結します。
1. 赴任前のリスク説明。 グローバルモビリティ担当者は、日本赴任前の従業員向け説明において、典型的な赴任構成――外国人従業員と外国人配偶者がともに別表第一の在留資格を持ち、ともに10年以下の日本居住――であれば、単に家族が日本に居住しているという理由だけで母国資産(不動産・退職金口座・生命保険)が日本の相続税の対象になるわけではない、とより自信を持って説明できるようになりました。
2. 報酬・福利厚生設計の見直し。 一部の企業は、日本の相続税リスクを見越して、赴任者向けの補足的な生命保険や相続税リスクプレミアムを報酬パッケージに組み込んでいました。今回の改正でそのリスクが縮小した領域については、こうした制度が現行法に照らして依然として必要かどうかを、税務顧問とともに見直す価値があります(一方的な判断で削減すべきものではありません)。
3. 10年という期限を計画の境界線として捉える。 この保護は無期限ではありません。15年のうち累計10年の日本居住に近づく、あるいは超えている従業員は一時居住外国人の要件から外れ、通常の枠組み(日本居住が無制限納税義務者を招き得る枠組み)に入ります。長期赴任者や、複数回にわたって日本に赴任している従業員(例:6年赴任→本国に3年→再赴任5年)は、15年のルックバック期間の計算が直感に反する結果を生むことがあるため、人事担当者が個別に確認すべき対象です。
具体例
米国のテクノロジー企業が、東京子会社に幹部とその配偶者を、それぞれ就労ビザ・家族ビザ(いずれも別表第一)で赴任させたとします。赴任3年目に幹部が死亡し、配偶者(同じく別表第一・日本居住3年)が相続人となります。
被相続人(幹部)・相続人(配偶者)はともに一時居住外国人の要件を満たしています――別表第一の在留資格であり、いずれも15年のうち10年の基準を大きく下回っています。
2021年改正後のルールでは、幹部の米国内資産――401(k)、カリフォルニアの自宅、米国の証券口座――は日本の課税対象財産から除外されます。日本国内に幹部が保有していた財産(現地給与の受取に使っていた日本の銀行口座など)のみが、日本の課税対象財産として評価の対象になります。家族の資産の大部分を占める米国内資産は、日本の相続税の影響を受けません。
これに対し、同じ幹部が過去15年のうち2回の赴任を通算して11年間日本に居住していた場合を考えてみましょう。この場合は10年の居住基準を超えているため、一時居住外国人の特例は適用されず、通常の居住歴ベースのルールが適用されます。結果として、税務上の立場は大きく異なり、より課税対象財産が拡大した状態になります。
次に読むべき記事
- 無制限納税義務者・制限納税義務者の判定フレームワーク全体については「非居住者の日本相続税:無制限納税義務者・制限納税義務者と10年ルールを徹底解説」をご覧ください。
- 相続税の計算方法・税率・配偶者控除の全体像については「日本の相続税ガイド:外国人・海外在住の相続人のために」をご覧ください。
参考情報
- 国税庁 No.4138 相続税の納税義務者について(確認日: 2026-07-01)― 一時居住外国人の区分・国外財産の除外規定の主要根拠
- 国税庁 No.4105 相続財産の範囲(確認日: 2026-07-01)― 課税対象財産の定義
- 相続税法 第1条の3、2021年度税制改正による改正条項 ― 納税義務者区分に関する規定
- 出入国管理及び難民認定法 別表第一 ― 一時居住外国人の要件となる在留資格の定義
よくある質問
「一時居住外国人」とはどのような人を指しますか?
一時居住外国人(いちじきょじゅうがいこくじん)とは、出入国管理及び難民認定法の別表第一に定める在留資格(就労ビザ・留学ビザ・日本人の配偶者等など)を有し、相続開始前15年以内において日本に住所を有していた期間の合計が10年以下である外国籍の方を指します。現在日本に住んでいても、この要件を満たせば制限納税義務者として扱われます。
2021年の改正で何が変わったのですか?
改正前は、日本に赴任中の外国人従業員が死亡し、その配偶者(同じく在留資格を有する外国籍)が日本に住み続けている場合、被相続人の国外財産が一定の状況下で日本の相続税の課税対象に含まれてしまう可能性がありました。2021年の改正により、被相続人・相続人がともに一時居住外国人である場合には、被相続人が国外に保有する財産は日本の相続税の課税対象から完全に除外されることが明確化・拡充されました。
この改正は企業の人事・グローバルモビリティ担当者にとってなぜ重要なのですか?
外国人従業員を日本に赴任させる企業は、報酬・福利厚生の説明において相続税リスクを正確に伝える必要があります。改正前は、家族が日本に居住しているというだけで、外国人幹部の母国資産(不動産・退職金口座・生命保険)が日本の相続税の対象になるリスクがありました。改正によりこのリスクは典型的な赴任パターンでは大きく縮小したため、人事・モビリティ担当者が伝えるべきリスク説明の内容も見直す必要があります。
「過去15年のうち10年以下」という要件は被相続人・相続人のどちらに適用されますか?
原則として両方に適用されます。除外規定が適用されるには、被相続人・相続人の両方が一時居住外国人の要件(別表第一の在留資格+過去15年間で日本居住が10年以下)を満たしている必要があります。どちらか一方でもこの基準を超えている場合は、通常の無制限・制限納税義務者のルールが適用されます。
この改正は海外赴任する日本国籍の方にも適用されますか?
いいえ。一時居住外国人の区分および2021年改正の対象は外国籍の方に限られます。日本国籍の方が海外に居住する場合は、別の「10年ルール」(日本国籍者向けの10年ルックバック)が適用され、この改正による国外財産の除外効果はありません。
著者について
TCL ファイナンシャル・プランニング編集部
日本の法制度・公的統計・相続/贈与の実務を、ファイナンシャルプランナー(FP)の視点で世界に向けて解説する編集チーム。一次情報(国税庁・厚生労働省・e-Stat 等)に基づく。